ちらしのうらのせかい

特撮のことから日常のあれこれまで、気ままに綴っていきます

仮面ライダーガッチャード第2話「追跡、錬金、スケボーズ!」感想

前回分はこちら。

 

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錬金術と魔法の違い

 ガッチャードでは錬金術がテーマの1つとして使用されていますが、魔法との違いがどう線引きされているのかよく分からないのが正直なところ。
今回宝太郎から錬金術について問われたりんねが「無から有を、死から生を生み出す術」と答えていましたが、魔法との違いについては「錬金術は科学に近い」という一言だけで具体的な説明がありませんでした。

ガッチャードの公式サイトのあらすじを見てみると、

www.tv-asahi.co.jp


錬金術…。卑金属から貴金属を錬成する、その秘術によって、この世の万物を模した人工生命体<ケミー>を生み出していた」
とあります。
一方で現実世界で錬金術という言葉についてググってみると

kotobank.jp


「卑金属を人工的手段により貴金属に転換する術のこと」
とあります。
なのでガッチャードにおける錬金術と現実世界の錬金術は同じ意味合いで使われている用語だという認識ですが、りんねをはじめとする錬金術師が指輪をはめて呪文詠唱して超常現象を発生させている行為はそこに科学的な要素はなくもはや魔法。これだったら、最初から魔法モチーフで良かったのでは?と思う。イメージもしやすいし。なんかわざわざ錬金術という設定にした必要性をあまり感じないんですよね。

 

封印を解かれたケミー

 前回冥黒の三姉妹によって、ホッパー1とスチームライナー以外のケミーたちがカードから解放されていましたが、今回ミナトはオドリッパとゴルドダッシュを宝太郎に渡していました。ミナトがカードに封印し直したのかもしれませんが、1話と2話でほとんど時間が経ってない(ケミーが解放されて宝太郎がガッチャード初変身した日とその翌日)ので、あんな短時間で2体封印できるのなら正直全ケミー回収するのもそんなに時間かからないのでは?と思ってしまうんだけど。


錬金術師になるテスト

 錬金アカデミーに入学するために宝太郎がミナトから課されたテストは、オドリッパとカマンティス2枚のライドケミーカードの重さの釣り合いをとれるようにするというものでした。
テストのクリア方法がオドリッパにダイエット、カマンティスに太らせるという方法だったのは展開が強引だなと感じました。
これだと痩せてくれ、太ってくれとしか言ってないので2体の体重がイコールになる理由づけにはなってないですし、そもそもミナトは指輪無しでこの課題をどう対処させる想定だったのか謎。

あと、りんねは宝太郎にテストは何とかなりそう?と聞きながら、指輪がないと質量交換はできないから君には絶対無理と言っただけで特段アドバイスする訳でもなくて、あのシーンりんねの印象が良くないんですよね。
なんか、「指輪を使えばテストのクリア手段はあるが宝太郎はそれを使えない」という説明のためだけにキャラが動かされているような感じ。


戦闘BGMとしての挿入歌

 最近のライダー作品にしては珍しく、戦闘中の挿入歌(Beverlyさんの『Rising Fighter』)が序盤から入ってきたガッチャード。もちろん挿入歌が流れること自体はその作品の盛り上げにも繋がるし良いことなんですけど、本編のSEとの音量調整ができてなくて挿入歌の歌詞があんまり聞こえないのがすごく勿体ない。これはガッチャードに限った話ではないけど。
それこそ今東映特撮YouTubeOfficialで配信されている仮面ライダー剣は序盤にも挿入歌(『覚醒』)が流れてますが、本編の音も挿入歌の歌詞もちゃんと聴こえますからね。

 

さいごに

 1話2話と見て、やっぱり表現の仕方がアニメ感の強い作品だなと思いました。それこそアニメの実写化ドラマを見ているような。
解放されて散らばったケミーの回収が直近の目的になると思いますが、このペースだと2クールくらいで回収しきる感じでしょうか。

 

 

 

仮面ライダーガッチャード第1話「ガッチャ!ホッパー1!」感想

ガッチャードの放送も始まったので、ギーツに引き続き感想を書いていきたいと思います。


一と九

 主人公の宝太郎は、進路希望に何も書かずガッチャを追い求めるという、どこかの我が魔王がちらつくような設定で、すごく漫画・アニメ的な感じがします。独特の口癖を持つ明るく元気な高校生というところから見ても、例年に比べてメインターゲットである子ども受けをより強く狙ってるのかなと。
一方ヒロインのりんねは、まずビジュアルが可愛いですね。喋ってるところ見てると雰囲気がどことなく井桁弘恵ちゃんっぽい。
二人とも演技が初々しいので、これからどう変わっていくかは楽しみです。

 

冥黒の三姉妹

 りんねの父親である風雅を消滅させたこの三姉妹が今回の悪の組織のよう。幹部がケミーを取り込んで一般怪人ポジ(マルガム)になるという形は新しいけど、一般怪人の立ち位置になって戦うということは当然毎度倒される訳で、結果的に幹部が弱く見えてしまうのであんまりいけてないのではとも思ってしまう。設定的には人間の悪意とケミーが結合したらマルガム化するようなので、マルガム化するのはこの冥黒の三姉妹に限らないみたいですが。

あと、三姉妹の長女アトロポス役の沖田絃乃ちゃんが9歳なのは驚きました。アトロポスは見た目だけでいったらどう考えても長女じゃないので、本当の姿が別にあるってことなんですかね。


ガッチャードになる条件

 風雅がホッパー1とスチームライナーにガッチャードライバーを託す相手を探すように指示し、結果的に宝太郎の手に渡りましたが、なぜ宝太郎が選ばれたのかがイマイチ分からず。宝太郎がダメというよりかは既に風雅やりんねといった錬金術師がいるのに、彼らを差し置いて宝太郎が選ばれた理由がよく分からないなという感じ。ガッチャードライバーを手にする機会がなかったりんねはともかく、風雅はガッチャードライバーを所持していた訳だし、変身できる素質があったのか分からないけど変身しようとする描写は欲しかった。
ミナトが「人とケミーによる多重錬成は120年ぶり」と言っていたので仮面ライダーになれるのは希少な存在であることは確かなようだけど、何をもってガッチャードになれるのかはちゃんと説明して欲しいですね。


さいごに

 制作発表で明かされた設定を聞いたとき、これまでの平成ライダーで使われた設定の寄せ集めみたいだなと感じたのが率直なところで、今回の1話を見てその印象が覆るほどのガッチャードならではの特徴や、次回の展開が気になるような要素があったかというと正直ありませんでした。感覚としてはゴーストを見てるときに近い。
まあまだ始まったばかりだし、少し長い目で見ていきたいですね。

 

 

 

仮面ライダーギーツ最終話「黎明Ⅰ:ここからがハイライトだ!」感想

前回分はこちら。

 

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御神体となった英寿

 ツムリに撃たれた英寿がどうなるのかというところで終わった前回。蓋を開けてみれば突っ込みどころ満載でした。
まず1つ目に、ツムリを乗っ取って英寿を撃った黒ツムリ。そんなイマジンみたいに乗っ取れる設定なんかあったっけ?というかそんな能力あるならもっと早く乗っ取って英寿サイドのライダーたちとの関係をかき乱したり、ツムリを人質にしたりすることもできたのでは?「私とあなたは一心同体。私の願いはあなたの願い」とかなんとなくそれっぽい説明台詞をその場で入れてるだけで、とってつけたような設定にしか見えないんですよね。
黒ツムリに関してはそもそもツムリの涙からデザインされたっていうのからして意味不明なんだけど。

2つ目に、英寿がツムリに撃たれた後神になって復活したロジックが全然分かりませんでした。人間として転生するのは英寿が過去2000年繰り返していることなのでまだ納得できるんですけど、それが急に神になりましたと言われても納得できる要素がなくて。
創世の力を持っているから?でもツムリに撃たれる直前にリバースされて普通の人間に戻ってますよね?仮に創世の力を持っているからだとしても、人間として命を落とさないとなれないのかという疑問はあるし、もし人間として命を落とすことが条件なのだとしたら、なぜそれを運営が知らず英寿だけが知っていたのかが謎。
それに、劇中で英寿はミツメに会ったとき神になる覚悟を決めたとか言ってましたが「覚悟を決めること」と「神になれること」はイコールではないし、もし自分の意志で神になれるならもっと早くやれという話になる。覚悟はできてるのにやりませんでしたは覚悟できてないのと大差ない。どう転んでも筋が通らない。

 

3つ目に、英寿が景和、祢音、道長のデザイアドライバーとIDコアとバックルを復活させたとき、なんでファンタジーやブジンソードを復活させなかったのかが分かりませんでした。この時点の英寿は完全に神になってる訳だから、制約があってこれらのバックルが生み出せなかった訳じゃないと思うんですよ。
ニンジャとビートを出したいっていうメタ的な理由しか感じなくてなんか嫌でした。
せめてエグゼイドの最終回で初期フォームガシャット以外が遠くに飛び散ったときみたいに、ご都合ではあるものの絶対に起きない事象ではない程度の理由付けは最低限必要だっただろうと。まあ神になってしまった以上理由付けはかなり苦しい気がするので、やっぱり素直にファンタジーやブジンソードを復活させるのが自然だと思います。

 

4つ目に、リガドΩを倒して変身解除した後のスエルから、英寿が出てきたのがよく分かりませんでした。スエルはずっと仮面をつけた状態だったので実体がどうなっているかとか全然分からないし、英寿が神様になったからなんでもありと言われればそれまでですが。

 

5つ目に、英寿は「誰もが幸せになれる世界」を作りましたが、最後までイマイチ具体的にどういうものなのかが見えてきませんでした。例えば景和が闇堕ちしたときに叶えた世界では、悪事を働いたデザイアグランプリ退場者まで復活して世紀末みたいな世界になってましたが、誰もが幸せになれる世界ってことは悪人も幸せになれるってことになるけどそれで良いんですか?そうじゃなくてもAさんはこれを望んでるけどBさんは真逆のことを望んでるみたいなお互いの利害が対立するケースは往々にしてある訳だけど、そういう都合の悪いところは無視されている。なんか聞こえの良いことだけ言ってお茶を濁しているようにしか見えないんですよね。それなら、「デザイアグランプリが存在しない世界」という名目にする方がまだ説明がつく。
それに、「願えば叶う」というのもすごく違和感があって。ヒーロー番組として、「願いを叶えるために自分で行動する」のを見せるのがあるべき姿じゃないんですか?その願いが結実するかどうかはさておき。ただ願えばいいっていうのは違うでしょ。
また、この世界改変には「幸せの総量が決まっている」問題の改変も含まれていましたが、結局これも「神様の力で幸せの総量の制限をなくした」で片付けたのが物語として本当につまらないなと感じました。

 

さいごに

 「神様だからなんでも言ったもん勝ち」で全て片付けられてしまったと感じた最終回でした。創世の力を英寿が手に入れた時点で懸念していたことではありますが、いざ実際に見てみるとやっぱり何のカタルシスも感じないですね。最終クールとか英寿を教祖にした新興宗教みたいだったし。
あと結局大智を筆頭に過去やらかしてきたことに関してお咎めなしで終わったのはすごくモヤモヤします(道長はなぜか濡れ衣に近い沙羅のジャマト化の件では償いの意思を示していましたが)。景和はあの後警察官目指してるっぽいですが、あの性格で警察官とか国家権力持った仕事に就いたらヤバいだろ…

 

ともあれこれでテレビ本編としては完結したので、ギーツについても余力があればまた振り返り記事を書きたいと思います。

 

 

 

仮面ライダーギーツ第48話「創世X:ツムリの鎮魂歌」感想

前回分はこちら。

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終幕のデザイアグランプリ

 強制変身させられた会社員と小さい子の母親が「お前の幸せをよこせ~!」とか「幸せを奪わなきゃ生き残れないからよ」とか言って他の一般人ライダーと戦っていましたが、なんでああなったのかが意味不明でした。
これも結局、クライマックスに向けた画作りのためにとってつけられたような展開でしかなくて、どうしてこうなったのかが説明されないから薄っぺらいんですよね。
あと、今回やってるギーツたちメインライダー組とモブライダー組の構図ってエグゼイドの仮面ライダークロニクルのときとほとんど同じだし、リガドの使ってたリバースもクロノスのリセットと同じなんですよね。どっちも脚本家同じですけど、どれだけ話の引き出しないんだよと思ってしまう。

さらに言えば、この一般人ライダーたちの争いを止めるときに道長が景和との会話で言っていた「俺は無敵だからな」の意味もよく分かりませんでした。ジャマ神特典の力のことを指しているのであれば、あの場で普通のゾンビフォームで戦ってることとの辻褄が合わないし、そうでないならどういう意図で無敵と言ったのかが謎。


ギロリの復活

 今回ギロリが再登場しましたが、なぜギロリが復活したのか理解できませんでした。公式サイトを見ると、スエルがリデザインしたとか書いてありましたが、リデザインというのがどういうものなのかも含めてちゃんと劇中で描写しろよと。

www.kamen-rider-official.com

セイバーのとき特に顕著だったけどテレビ本編でろくに描かずに公式サイトで書いておけばいいやって考え方本当ダメだと思うんですよ。
それに仮にスエルがゲームマスターたちをリデザインしたとしても、スエルにとってギロリを復活させるメリットって何もないはずなんですけど、なんで復活させたの?という疑問が出てくる。

まあそれはそれとして、ギロリが英寿の味方になっているのも正直納得できてないんですよね。スエルからもこの件について突っ込まれていましたが、それに対しギロリは「英寿は世界平和に貢献しようとしている。それが仮面ライダーのあるべき姿。」という趣旨の発言をしています。

世界の破滅を望むVIPに向けたスエルのデザイアグランプリとギロリの理想とするデザイアグランプリの方針が違うのは分かります。
だけど、ギロリの掲げる「世界を守るゲーム」としてのデザイアグランプリも、ジャマトと繋がってた以上結局マッチポンプから来る茶番でしかなくて。
別に英寿はギロリの望むデザイアグランプリを続けたい訳ではないから、「僕たちは同志です」みたいな感じになってるのは違和感があります。そこはあくまで敵の敵は味方という図式の共闘しかなり得ない。
それにギロリなんか良い奴ムーブしてますけど、ギロリがパンクジャックを自爆させて英寿と心中させようとしてたのとか忘れられてるんですかね?かなり極悪非道なことやってますけど。ギーツはこの手の「過去の悪事がなあなあになってるキャラ」が多すぎる…

 

鞍馬親子の行動

 今回祢音と光聖はスエルと通じているVIPに対して、身の安全を保障する代わりに自分たちに味方するよう説得してましたが、なんでVIPは鞍馬財閥が身の安全を保障するって言ってるのを信じられるの?
ゲームの観戦よりも身の安全を選ぶこと自体は理解できるけど、祢音たちの説得に乗るためにはそれを信じるに足るものが必要な訳で。鞍馬財閥がデザイアグランプリのスポンサーであることがその信頼に値するのかと言われると個人的には値しないと思ってます。
なぜなら、鞍馬財閥がVIPたちを未来に送り返す力を持っている訳ではないから。もし仮に鞍馬財閥が運営から時間移動の手段を与えられていて、それでVIPたちをすぐ未来へ帰すことができるのであれば、この説得に乗るのも自然だと思いますが今回はそういう訳ではない。だから話の展開に説得力がないんですよね。

あと、光聖は第43話で脱獄してから何事もなかったかのように家に戻ってましたけどあれはなんで?別に保釈されたような描写もなかったけど。

 

銃口を向けられる英寿

 今回最後にツムリが英寿にマグナムシューターを向けるシーンがありましたが、あれはただOP再現したいだけなんだろうなと思いながら見てました。あのシーン、別に雨を降らす必要はないし、撃つのもマグナムシューターである必要はないし。

 

さいごに

 前の感想でも書きましたが、英寿は「みんなが幸せになる世界」を創るために具体的に何もしてないというのが致命的なんですよね。事後対処的に他のメンバーの後方支援をしてるくらいにしか見えない。

スエルもスエルでリセットできるならここまで出し惜しみするのは意味が分からないし。早くグランドエンドを遂行させたいならなおさらとっとと英寿の創世の力を奪ってしまえば良い話では?

あと1回でこれまで出てきた諸々の問題を解消しつつ綺麗にまとまるとも思えないので、スエルを倒して万事解決みたいな扱いになるんだろうなという気がしています。

 

仮面ライダーギーツ第47話「創世Ⅸ:ホンモノの仮面ライダー」感想

前回分はこちら。

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大智の味方ムーブ

 大智は景和とケケラの戦いに割って入って景和の助太刀してましたが、どの面下げて味方ムーブしてるんですかね。
そもそも大智が沙羅たち多くの人間をジャマト化させたジャマトパラサイトを引き起こしてた癖に「彼女(沙羅)を傷つけるな」とかちゃんちゃらおかしい話で。
仮面ライダータイクーン以外いない状況で、ジャマトはライダーじゃないから変身できて共闘できるぜ熱いだろっていう展開をやりたいだけで、そのためにストーリーの整合性とか無視して強引にキャラを動かしてるから、何やってるのこいつとしか思えない。

それに、創世の力による世界リセットがあるせいで通常であれば取り返しのつかない行動をしているキャラたちが軒並み無罪放免みたいな扱いになってるのすごく納得いかないんですよね。これは景和も道長もそうなんだけど、彼らは何も悪行をしていない人たちと同様に「幸せになれる権利がある人」にカウントされるべき人なのか?と。「人の心が残っている=幸せになる権利がある」ではないでしょ。結局景和も大智も同じ穴の狢としか思えない。


ジットの変身

 ジットが今回初めて仮面ライダーリガドに変身しましたが、なんで今までずっと変身せず生身で警棒使って戦ってたんですかね?一刻も早くグランドエンドを完遂するのが目的で出てきたのに、出し惜しみする理由なくない?変身したかと思えばギーツⅨに割とあっさりやられてるし。出す意味あったのかすら謎なレベル。

 

タイクーンvsケケラ

 景和がブジンソード使わずにニンジャで舐めプする理由が分かりませんでした。例えばブジンソードに変身するのにリスクがあるならともかく、そういう事情もない上に今回は一般人の人質がいるんだからなおさらブジンソードを使わない理由はないはず。
事実、結果的には人質も助かったものの大智製のポーンジャマトじゃなかったら詰んでた訳だし、このことを予め景和が知っていたとしてもそれはニンジャフォームで舐めプする理由にはならない。ニンジャフォームにこだわった割に最終的にはブジンソード使ってるし、使ったら使ったですぐ決着したし何なのこれ。
また、景和はケケラに「人間の力なめんなよ」って言ってましたが、状況をひっくり返せたのは大智がジャマト育成してたことによる棚ぼたでしかないからこの台詞もあまりしっくり来ない。


ケケラもケケラで、景和がブジンソードを持っていることは知ってる訳だから、景和がニンジャフォームで来たら「本気で来い桜井景和!」ってなると思うんですけどね。
それに結局ケケラは何がしたかったのかよく分からずじまいでした。景和に反旗を翻されたことに激昂して、人質まで使って景和を殺そうとするのかと思ったら、ブジンソードに負けて最期はあっぱれ桜井景和とか言い出すし。

 

さいごに

 今回ケケラも言っていた幸せの総量は決まっているという話と、英寿の掲げる誰もが幸せになれる世界を実現するという話は相反するものな訳ですが、英寿は誰もが幸せになれる世界を創ると口では言うものの、じゃあそれを実現するために具体的に何をしているの?というところが全然見えてこないんですよね。
なんかみんな(数人)で英寿を信じれば理屈は無視して願いは叶うみたいな宗教じみた展開で片付けられそうな気しかしなくてもうね…英寿の女神化も共鳴とかいうご都合展開で解決するし。

景和も、世界平和の願いを本当に叶えようとして大したもんだって英寿に言われてたけど、正直どこの話を指しているのかがよく分かりませんでした。世界平和を願うこと自体は序盤からやってたし、今回ケケラに唆されてもデザイアカードに願わなかった(自力で叶えようとしている)ことを指していたとしても、別に世界平和に向けて具体的な行動を起こしている訳でもない。
いずれにしても、大したもんだと言われるような要素は何もなくて、ただ良い話風に見せてるだけ。あくまで風でしかない。

 

 

 

仮面ライダーギーツ第46話「創世Ⅷ:さよなら、ミッチー」感想

前回分はこちら。

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改心した景和

 景和がなぜあれで改心したのかが正直よく分からないですね。
ツムリを利用することは運営と同罪だと言えば「デザグラで失ったものをデザグラで取り返すことの何が悪い」と反論、ケケラやベロバ、ジットの口車に乗せられていることを指摘すれば「黙れ!」と一蹴、ギーツに元の世界に戻してもらって沙羅を助ける方法があると言えば「俺の家族は俺が救う」と言って聞かない。
そんな態度をとっていた人が、道長は沙羅を救うために命張って頑張ってるとか、罪を憎んで人を憎まずが大事だと説教したらコロッと改心するのは腑に落ちない。
景和が闇堕ち期間でしでかしたことも創世の力の世界リセットで何事もなかったかのようになっていて、道長にごめんなさいするだけでしれっと味方に戻ってるのもすごく釈然としません。

 

英寿の創世の力

 創世編に入ってからの英寿はずっと、誰もが幸せになれる世界を創るとか言ってるんですけど、そうは言いつつもそこに向かって自分から具体的に何か行動を起こしてる様子が全然見えないんですよね。白英寿になったことでツムリの創世の力も得たんだから、誰もが幸せになれる世界を創ればいいのでは?
なんで知恵の樹の件を解決した世界じゃなくてただ元の世界に戻しただけなのか意味不明だし、創世の力を行使することで体が拘束される代償もなんで英寿だけ起きるのかよく分からない。後付けで都合の良い設定生やしすぎなんですよね。

 

バッファvsベロバ

 道長とベロバの決着が今回の話のメインどころだったと思いますが、個人的にモヤモヤするところだらけでした。

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上記公式サイト曰く、ジャマ神特典のライダー特効は今回のバッファvsベロバで奇跡の復活()をしたらしいんですけど、道長がこの能力を失ったなんて描写ありましたっけ?
これ関連の描写は第40話のポーンジャマトと戦っている道長(バッファ)とベロバの会話で、

ベロバ「あれ~?あんたが手に入れたライダーをぶっ潰す力はどうしたの?」
バッファ「もう俺には必要ない!今の敵は、ハァッ!お前とジャマトだからな。」

というやりとりがあっただけのはず。少なくともこのやりとりからではライダー特効の能力があの時点で必要ないという道長の台詞があっただけで、その能力を捨てたみたいなことは言っていない。
そもそもアイテムみたいに目に見えるものじゃなく実体のない能力なのに、個人の意思で捨てるも何もないだろと思うんですけどね。

なんか通常のバッファ(ゾンビフォーム)のスペックじゃライダーベロバにもプレミアムベロバにも勝てないから、ジャマ神特典で勝たせるために話の都合でライダーベロバにさせられた感がすごく強くて嫌でした。公式サイトには使い慣れているからライダーベロバになったみたいなニュアンスのこと書いてありますが、ライダーベロバの出番なんて今回以外だと初登場時の一度きりだし、なんならプレミアムベロバの方が変身回数多いだろという。典型的なご都合展開で、なんのためのプレミアムなのか分からない。


さいごに

 今回の景和の改心とか、ツムリの涙から簡単に複製できる黒ツムリとか見てても、ギーツの世界って命の扱いが軽すぎるなと改めて思いました。結局誰かが死んでも創世の力で戻せば良いじゃんになってしまうから全然緊迫感を感じないし、全てが話を引き延ばすためだけにあるような舞台装置的なものになってて、行き詰まったら世界リセットさせてうやむやにする。
なんかもうこの様子だと大智すらもなあなあで許されるんじゃないかという感じすらしてくる。
来週が休みなのであと3回ですが、どう終わらせる気なんですかね。

 

 

 

仮面ライダーギーツ第45話「創世Ⅶ:願いのゆくえ」感想

前回分はこちら。

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ダパーン再登場

 今回再登場した仮面ライダーダパーンこと墨田奏斗。やったことといえば強化フォームをもらったばかりの祢音と戦って、一般人の伊瑠美を負傷させたことくらいですが、出す意味あったかなというのが正直なところ。
戦力的には当然インフレについていけてないし、奏斗がいたかいないかで展開が変わったかというとそういう訳でもない。約40話ぶりに再登場したというしょうもない話題性の一点だけで出したようにしか見えないんですよね。
伊瑠美も伊瑠美で祢音が自分を庇って戦わざるをえなくなってるのになんでその場から逃げ(離れ)ないのか意味が分からない。逃げるどころかむしろ戦ってる二人に近づいていってるし。

 

世紀末ゲームの最終戦

 ジットが英寿に宣戦布告する際に「世紀末ゲームの最終戦だ」と言っていましたが、まず第1回戦も何もなくゲームの体をなしてない。パラサイトゲームにしろ、世紀末ゲームにしろ、次のバッドエンドゲームにしろ、ゲームって名前に固執してるだけで中身は空っぽ。
そもそも、グランドエンドで運営は未来に帰ったはずなのになんで普通に現代でデザグラ続けてるの?ジーンやキューンだってグランドエンドで未来に帰れなくなるからって渋々帰ったのにオーディエンス普通に現代に来てるなら、未来に帰ったジーンやキューンがバカみたいじゃないですか。

 

スズメの改心?

 退院直後に英寿たちと接触した大智は、彼らに頼まれてあっさり知恵の樹の場所を案内していましたが、なんで今回に限ってあっさり言うこと聞いたの?第43話で道長に聞かれたときは答えなかったし、大智にとっては教えても何のメリットもないですよね?
それに、景和の願いが叶えられて世界改変されたことによって知恵の樹がただの樹に戻ったというのも理屈が分からないし、かと思えば大智はジャマトのままだしで、世界改変で引き継ぐものとそうでないものの基準が謎過ぎる。
あと英寿が大智に、人の記憶を手に入れる=その人の幸せも知るということ。その幸せを踏みにじった罪悪感も感じる。という謎理論を展開してましたが、論理が飛躍し過ぎでしょ。
それが本当ならもっと早く改心してるはずだし、知恵の実を食べて得た記憶は上記の世界改変で失ったって言ってるのに罪悪感だけ残るっていうのも意味分からないし。上辺だけそれっぽいこと言うの本当やめてほしいし、これで来週大智が改心してたらドン引きしますね。

 

ツムリ奪還

 ジットはなぜわざわざツムリを連れてギーツの元へ行こうとしたのか。それで手錠外したのが原因でウィンによるツムリの奪還を許した訳だし。完全に話の都合でしかない。
それになんで対ジットになるとみんな生身ファイトになるのかよく分からないですね。多分ジットはグレアになれるだろうからパンクジャックだとスペック差ありすぎて勝てないというのはあるだろうけど、ツムリが逃げるための時間稼ぎくらいはできなくはなさそうだからパンクジャックに変身しない理由はないし。そう考えると余計にダパーンなんて出さずにパンクジャックに変身させてた方がまだ良かったんじゃないかと思いました。

 

英寿vs景和

 「力では景和を変えられない」と英寿は言っていましたが、だったらなぜ今回景和と戦ったんですかね。
景和は景和で、「自分の家族を助けた後の世界で、他の誰かが犠牲になっても良いのか」という問いに未だにまともな回答を返せないままだし。今回の展開を見る限り白英寿の世界改変で景和の闇堕ち丸ごとなかったことにされそうな気すらしています…


さいごに

 強い願いが集まれば集まるほど英寿の創世の力が強くなるってもはや宗教とかオカルト的な話になってて、結局「(荘厳な鐘の音)」で全部なんとかなっちゃうから本当に面白味がないですね。
英寿もみんなを幸せにする世界を望むとは言うものの、英寿の創世の力を信じれば世界改変後に犠牲になる人問題や幸せの総量云々の問題はどうとでもなるかのような言い草だし。

 

 

 

仮面ライダーギーツ第44話「創世Ⅵ:ネオン、かがやく」感想

前回分はこちら。

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世界を戻す必要性

 今回の英寿と道長の会話で、タイクーンが今の世界にしなければ沙羅さんを救う方法があるから元の世界に戻そうみたいなことを言ってましたが、そんな回りくどいことしなくても沙羅たち犠牲者を復活させる(ただし犯罪者は除く)という願いを直接願えば良いのでは?というか英寿は創世の力でどこまでのことができるのかが未だによく分からない。話の都合でどうとでもできるようにするために決めてないだけだろうけど。

 

道長と景和の言動

 以前から言ってることではありますが、なんで道長がギーツを味方面しているのかも分からないし、景和がジットたち運営サイドの言うことを鵜呑みにする理由も分からない。

道長についてはジャマトグランプリでベロバたちとともに人殺しに加担していた(天国と地獄ゲーム)+ジャマ神として願いを叶えたのに、慕情編では急にデザグラ不要派になって次々ライダーを脱落させていき、創世編ではさも味方かのような顔で戦って今回「俺はギーツを信じる!」とまで言うように。あんなに目の敵にしていたギーツを信じると言うからにはよっぽどの説得力がある心情変化が必要ですが、そんな描写があったようには見受けられない。

景和もずっと創世の女神に償わせることに固執し、運営サイドの言うことばかり耳を貸して、英寿サイドの言うことには耳を貸さない状態が続いていますが、それに納得できる理由づけがない。沙羅を失って正気じゃなくなってるだけだといっても、ツムリを女神化させる幇助をしたのは完全に度が過ぎてるし。

今回もこの期に及んで「俺自身の世界が平和じゃなきゃ、意味がないんだよ」とか言ってたし、結局ただの一般人だったときの景和から精神的に全然成長してないんだなって思ってしまうんですよね。

 

本当の愛と祢音の再変身

 デザグラにおける祢音の最初の願いは「本当の愛がほしい」というものでした。これは母親である伊瑠美の抑圧による生活の自由のなさから生まれたもの。

祢音が創世の女神によって創られた存在であることが発覚し、伊瑠美がその事実を知って第40話で祢音に謝罪したときは、祢音に受け入れてもらえませんでした。それが今回の病室での鞍馬親子の会話で和解に至った訳ですが、ちょっと気になる点があって。

それは、光聖の「お前(祢音)と過ごした年月も幸せであるべきだったんだ」という台詞について。「あるべき」という言い方をするということは実際はそうじゃなかったと言っているに等しいんですけど、それは祢音にかける言葉として必要だったのか?と思ってしまいます。正直ここでべき論を語ることのメリットが全く感じられないんですよね。少なくとも自分がもし祢音の立場だったら、こんなこと言われても愛されていなかった過去の事実突きつけられるだけで嫌ですし。

 

また和解直後のベロバとの対決についても、袮音を自分が創世の力で作られた存在であることをバラされたという点で因縁のあるベロバと対決させるのは分かる。だけど、ギャーゴ(光聖)のIDコアがナーゴのIDコアに変化したのはご都合主義すぎて個人的には好きじゃないです。

英寿曰く、英寿の創世の力+鞍馬親子の願いで実現できたという話でしたが、「人々の強い願いが集まったとき、ギーツの創世の力が発動する」というのは今回のエンドカードで初めて出てきた後付けルールだし、祢音はそれを知り得なかったのになぜ自信満々でベロバの元へ行ったのかも謎。

創世の力があるからもはやデザグラのルールはあって無いようなものだし、発生した問題の解決方法がほぼ創世の力頼りなので面白みを感じない。

 

 

さいごに

 割と他のキャラについていろいろ言ってきましたが、英寿も英寿で全ての人間が幸せになれる世界を叶えたいと言っているのにそれを叶えるための積極的行動を起こしていないのはちょっとどうかと思うんですよね。

次回はダパーンが再登場するみたいですが、これに関しては正直だから何感しかなくてなあ…

 

 

 

仮面ライダーギーツ第43話「創世Ⅴ:その名はギャーゴ!」感想

前回分はこちら。

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創り替えられた世界

 景和が願ったのは「デザイアグランプリの全ての犠牲者が蘇った世界」だったので、過去にデザグラで退場した悪人たちも蘇ってしまいました。まあそれは分かるんですけど、なぜライダーに変身できる状態で蘇っていて、世界改変してから秒でこんな暴動が起きているのかが分からない。暴れてる当事者が蘇ったのだって同じタイミングのはずだし、いくらなんでも復活から暴動まで展開が急すぎるでしょ。

それに現代(ここ10年程度前まで)より前の犠牲者はどこにいったの?「デザイアグランプリの全ての犠牲者」というのがどういう定義なのかもさっぱり見えてこない。

 

世界改変後も景和は相変わらずケケラやベロバ、ジットに踊らされて英寿を倒しツムリを女神にしようとしていますが、なんで英寿たちの言葉には耳を貸さなくて、ケケラやベロバ、ジットの言うことは鵜呑みにするのか全く理解できない。

家族がやられてまともな精神状態じゃないからって言う人もいるけど、別にそれはこの言動とイコールにはならないでしょ。どっちも信じないとか、どっちも信じようとして苦悩するならともかく、意図的に情報の取捨選択してるんだし。

 


鞍馬親子

 今回ターボンに襲われる光聖を祢音が助けるくだりがありましたが、ついこないだ父親である光聖との面会時に可哀想な人となじった後、特段心情の変化が発生するような出来事は起きていないのになぜ祢音が光聖を助ける気になったのかがよく分かりませんでした。

一応祢音はその理由として、「誰もが幸せになれる世界を目指して、俺のデザグラを作るって決めたんだ」と言った英寿を信じて自分のできることをやろうと決めたと言っていました。でもこの会話のやりとりをしたのって、上記の面会の前なんですよ。だから理由として成立していない。これを話が通るようにするには、

光聖と面会でなじる→英寿との会話→ターボンに襲われる光聖を助ける

にしないといけないと思うんですよ。じゃないと、英寿の思想に共感したのに父親をなじって去った後、なぜか急に父親を助ける変な流れになる。

 

また光聖についてですが、祢音も大事な娘であることを自覚し、拐われた祢音を救うために仮面ライダーになるという流れ自体は、一応理解はできました。光聖が変身して戦う姿は変身ポーズ含め格好良かったですし、英寿が創世の力を持っている以上はドライバーとIDコアの入手方法もこうなるのが自然だと思います。

では何が引っ掛かったかというと、光聖が祢音のことも娘として大事に思っていたことを自覚するくだり。

自覚のきっかけは祢音に父親としての心が残っていることを看破されたことと、伊瑠美に「あなたと祢音の間にも(あかりに対するものと変わらない愛が)あったはずでしょ」(意訳)と言われたこと。その中でも後者に関して納得できないところがありました。

伊瑠美はずっと祢音が創世の女神の力で作られた存在だと知らず育ててきた訳だから、光聖とはまた話が変わってくるのではないかと思うんですよね。伊瑠美と違って光聖は祢音が本当の娘ではないと知りながら、鞍馬財閥に未来とコネクションを持たせるための道具として利用するため育ててきた。

そんな光聖が祢音も娘として大事に思っていたことを示すなら、今回より前に光聖が祢音のことを大事に育ててきたこと、愛情を注いでいたことを示す描写がないと、とってつけたような改心みたいになってしまう。

実際、今回申し訳程度の回想が入っただけで、これまでに祢音に対する愛情を示すようなものはなかったはずなので、個人的にはそこでモヤモヤしてしまいました。1クール作品ならともかく、1年やってるんだからもう少しそこは積み重ねができなかったのかと思ってしまう。

 

それはそれとして、光聖はどさくさに紛れて刑務所から脱獄してるけど誰も触れないの…?メタ的に刑務所に入れた理由ってこの誘拐事件のきっかけ作り以外にないと思うんだけど。


さいごに

 今回一番脳裏に残ったのは入院している大智でした。あれは絵面がシュールすぎて笑ってしまう笑

大智といえば知恵の樹やフェーズ2ジャマトの行方もよく分からないんですよね。景和の願いが叶った以上、(その後ギャングたちの犠牲になったかどうかはさておき)全員人間として蘇ってるはずなんだけど。これもまたうやむやにされるのかな…?

 

 

 

 

仮面ライダーギーツ第42話「創世IV:女神完成 闇の刃」感想

前回分はこちら。

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道長のヒーロームーブ

 今回道長がベロバとの会話で、「俺はどうなってもいい。ただ、他の人間は別だ」という台詞を言っていました。創世編だけ見てたら至極真っ当なヒーローかのように見えるんですけど、ジャマトグランプリであれだけ一般市民をも巻き込んで悪行を働いた道長が真っ当なヒーローになる経緯が全然見えなくてモヤモヤするんですよね。

デザグラで他の仮面ライダーにやられた透を目の当たりにして、仮面ライダーをぶっ潰す力が欲しいという謎な願いを掲げていたのも理解不能でしたが、その願いもいつの間にかデザグラ運営をぶっ潰すという願いにすり変わっていてなぜそうなったのかが全く描かれていませんでした。

世間の評判見て変えてるのか規定路線なのかは知らないしどっちでもいいんですけど、いずれにしても、やるからにはなぜそうなったのかその変化の過程を丁寧に描けないと視聴者に納得感を与えることは難しいと思います。

 

大智の目的とジャマ神

 ジャマトは養分にした人間の人格や記憶を受け継ぐ。それを応用して発明した知恵の樹に成った実を食べることで他人の記憶を取り込んでいくというのはまあ分かる。(クイズ王ではあるけど科学者でもなんでもない大智がなんでこんな発明をできたのかというのは一旦置いておくとして)

だけど、大智の目的は全人類の記憶を手に入れること。それなのに一人一人実が成るのを待って食べてを繰り返していくのは人生何周分必要なんだというくらい非効率な話。

それに、自分で望みを叶える仕組みを用意したのであれば、ジャマ神になる必要は全くない訳で、何をもって彼はジャマ神になると言ってるのかがよく分からない。

 

 

闇堕ちした景和の行動

 今回景和は一応沙羅が犠牲になった元凶である大智を(未遂になったものの)倒しには行きましたが、相変わらず優先順位がおかしいんですよね。

前回の感想でも述べたように真っ先に道長をボコりに行ってるのがおかしいのもそうだし、その後も拉致ったツムリのところにDV彼氏みたいなことしに行ったりしてるし。

本当に姉ちゃんのことが最優先なら、何よりも先に大智を倒しに行くのが自然なのでは?

大智を放っておけばフェーズ2の犠牲者はどんどん増えていく訳だし、わざわざ他を優先させる理由ってないと思うんですけどね。なんなら道長の方が先に大智を倒しに乗り込んでるじゃないかっていう。(ベロバとケケラに返り討ちにされたけど)

 

それ以外でも、景和が英寿に「君がミツメに罪を償わせようとしないからこうなる」と未だに言ってる一方で運営とは手を組んでるの最高に意味が分からないし、「ツムリに罪はない。なのに無理矢理女神として利用するなら、運営がやってきたことと同罪だぞ」という英寿の指摘に「デザグラで失ったものはデザグラで取り返す。何も間違ったことはしていない」とツムリの拉致や脅迫もデザグラの範囲内のこととして捉えているのも謎。

 

また景和の願いは今も「デザイアグランプリの全ての犠牲者が蘇った世界」でしたが、デザグラの犠牲者は現代だけに留まらないからこれまでの長きに渡るデザグラの犠牲者が一気に現代に復活することでどうなるのかという問題もあるし、それ以上にそもそも願いを叶えるのに他の誰かの幸せを犠牲にすることに対する景和からの回答が未だに一切ないんですけどどういうことなんですかね?

 

さいごに

 結果的に英寿に命を救われる形となった大智。まあ景和に人殺し(ジャマト食ってるしもう人間止めてる状態ではあるんですけど)をさせないためなのと、フェーズ2になった人たちを救う方法が分からなくなるからなんだろうなとは思うんですけど、それ抜きにしても正直もう景和は味方サイドに戻ってほしくないくらい嫌いになってますね個人的に。

 

 

 

仮面ライダーギーツ第41話「創世Ⅲ:漆黒の将軍」感想

前回分はこちら。

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父親との面会

 今回祢音が自分を再び仮面ライダーにしてもらえるかもと期待して逮捕された父親に面会に行きましたが、できないと言われるや否や可哀想な人と言い放って立ち去るのはなかなか薄情だなと。
祢音パパも彼は彼で、総帥なのに誰も面会に来ないとぼやいてて笑ってしまいました笑 どれだけ人望ないんだよ…


景和の闇堕ち

 今回はこの話題につきますね。率直に言うと引っ掛かる点が多すぎる。
まず1つ目に、世界平和を願っていたのが沙羅のためだったという景和の台詞。世界平和を願うことがなぜ沙羅のためになるのか因果関係が分からないんですよ。「世界平和」と「唯一の肉親である沙羅の幸せ」というそれぞれ別のベクトルの話が強引にこじつけられたようにしか見えなくてすごくモヤモヤします。
ケケラの言うとんだ偽善者だっていうのは本当その通りではあるんだけど。

2つ目に、景和がツムリに願った(叶えさせた)のが「姉ちゃん(沙羅)を蘇らせること」ではなく「誰にも負けない力、世界を守れる力」だったことについて。
沙羅の復活を願っても今のツムリの力では叶えられないっていうのはあり得る話だと思うんですよ。だけどそれは結果論で、「姉ちゃんがいなければ世界平和を願う意味もない」とまで言っていた人間が、姉ちゃんを蘇らせることを差し置いて世界を守れる無敵の力を真っ先に願うっていうのは人の心理としておかしい。普通あれだけ取り乱してるんだったらなおさら姉ちゃんの復活を一番に願うでしょうよ。

3つ目に、景和の怒りの矛先。これは再三言ってる話ではあるんですけど今回に限ってもおかしいところがあり。
まあ百歩譲って前回の道長に対する対応は、目の前で道長に倒された沙羅(ポーンジャマト化)が地面に吸い込まれて消滅していくのを目の当たりにしたことによる衝動的なものだったという苦しいながらも一応の理由が立つにしても、今回大智よりも道長を優先して襲いかかるのはおかしくないですか?次回で大智にもけりをつけに行くっぽいですが、優先順位が違うだろと。
確かに道長も今回はフェーズ2のジャマトだと分かって倒しているので非はある。とはいえ放置し続ければさらに犠牲者が増えるのもまた事実。
だからなおのことパラサイトジャマト騒動の元凶である大智を一刻も早く倒しに行かないといけないのに、なんで一人としてそういう発想にならないのか。しかも当の大智はご丁寧に自分の元へ来るように生中継してるのに。
マジで登場人物にまともな思考回路してる人いないのかなこの作品…
景和が道長に対して「犠牲者を出してるのはお前だろ」と言っているのも的外れだし。犠牲者を出してるのは大智でしょ。フェーズ2になってる時点でもう犠牲者なのよ…

 

さいごに

 ただただ景和への好感度が下がる回でした。序盤の頃はきっと終盤には人間的にもそれなりに成長してるんだろうなと思ってたのに、こんな形になるとは。来週ツムリの女神化に加担するみたいだし、一層酷くなりそう。
そういえばバッファが今回のタイクーンとの戦いでライダー特効の力を使わなかったのはなぜ?

 

 

 

仮面ライダーギーツ第40話「創世Ⅱ:タイクーン覚醒」感想

前回分はこちら。

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ジャマト化した大智

 てっきり人間の大智(本物)とナッジスパロウのIDコアを取り込んで大智に擬態したジャマトの2人がいるもんだと思ってましたが、本物の大智がミニジャマト農家やってたのは意外でした。

大智は元々デザイアグランプリでも全人類の記憶を手に入れることを目的にしていたので、全人類の記憶を求めて行動することは分かるんですけど、今の行動を見てると目的がよく分からない。
「全人類の記憶を宿して新世界のジャマ神になる」と言っていましたが、ジャマ神はそもそもジャマトグランプリの勝者に与えられる称号だから今別に関係ないし、願いを叶えるための創世の女神もいなけりゃそこへアクセスするためのヴィジョンドライバーもない。
そんな中でジャマトパラサイト(?)を起こして、自分もジャマトを補食してジャマト化することに一体何の意味があるんでしょうか?
目的と手段が全然噛み合ってなくて、なんか急遽置かれた形式上の悪役って感じ。


景和の怒りの矛先

 また一段と景和に対する違和感が強くなりました。
今回に関して言えば、沙羅がジャマトになってると知らなかった道長を責めるのは筋違い。沙羅が大智と会っていたことは景和も知っているんだし、ツムリにバックルを要求したときも「姉ちゃんにもしものことがあったら、俺は絶対に許せない」と大智への怒りを露にしていた。そして大智からも「きっと今頃は君のお姉さんはもう手遅れだ」と言われて景和もそれを察してる。ここまで描いてるのに、道長を責めるのはなあ…と思ってしまった。
まあ百歩譲って、目の前で肉親を失ってるから仕方ないという意見も分かります。でもそれだったらわざわざ大智の仕業であることを景和が知っている状況にする必要なくないですか?その辺の事情を知らず道長が意図的にジャマト化した沙羅を倒したと景和が勘違いしたという展開の方がまだ納得できる。
それにこれまでの感想でも書いてきたように、利用されているだけの女神にキレちらかしたり、道長から指摘された自分の願いの矛盾に対して何も説明しなかったりと景和の不可解な言動は今に始まったことではないので正直擁護できないんですよね。闇堕ちありきで無理矢理敷かれたレール感が半端ない。
もう終盤なのにほとんど人間的に成長が見られないキャラなので景和の評価がどんどん落ちていくのは当然ではあるんですけど、序盤は唯一応援できるキャラではあったので悲しいです。

あと沙羅が犠牲になって闇堕ちする様を描くなら、そもそもこんなキャラ復活しまくりの世界観、ましてや主人公サイドに創世の力持ちのキャラがいるような展開にするべきじゃないんですよ。
このせいで沙羅が死んでも(地中に引きずり込まれた状態なので微妙なところですが)、どうせ創世の力で不思議なことが起こって復活するんだろうなとしか思えないから全然緊張感がない。

この景和闇堕ち関連のくだりで唯一少し良かった点を挙げるとするなら、道長が景和に「お前がやったのか」と聞かれたとき、「ああ、俺がやった」と言って黙って殴られたところ。
弁解して余計こじれるくらいなら甘んじて自分が罪を被ろうとする、555の巧と重なる描写でした。道長が全体を通してもっと筋の通ったキャラだったらこのシーンももっとグッときたのかなと思うともったいない。

 
さいごに

 個人的に今気になっているのはケケラとベロバがジットに渡されたブラックカードが何なのかというところ。正直罠だろうなとは思っていますが、ケケラとベロバの物語退場の引き金になったりするのかな。
そして景和は案の定いろいろぶん投げたまま闇堕ちルートに入りましたが、ここまで来るとツムリに対して創世の女神になって姉ちゃんを蘇らせろとか言いそう。

 

 

仮面ライダーギーツ第39話「創世Ⅰ:俺のデザグラ」感想

前回分はこちら。

 

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創世の力の制約

 女神が創世の力を使うには、理想を願う脱落者の心「ギラギラ」が大量に必要で、英寿一人の意志で願いを叶えるには限界があると言っていました。
スエルの台詞からして、恐らく創世の力に覚醒したのはブーストマークⅢレイズバックルを生成したときだと思うんですが、未知の強力バックルの生成とか人の記憶操作はできるのにIDコアのヒビ修復はできないというのは基準が曖昧だなと。他にも、ツムリを現代に残すことができたのであれば、元の時代に戻ろうとしている運営側を残すことだってできたはずでは?と思ってしまう。
ここの設定って前回の感想でも書いた「創世の力持ってたらそれで何でも解決できるじゃん」というツッコミに対する方便だと思うんですが、どういう類いのことができてどういう類いのことができないという基準がかなりフワフワしたままなので、ただの言い訳用に設定を用意したとしか思えないんですよね。


祢音の一人暮らし

 今回いきなり祢音が家を購入して一人暮らしを始めましたが、正直展開が唐突すぎますね。
祢音の抱えている母親との確執の話を進める中であれば一人暮らしを始めるという段階は入ってくるのであれば理解できるんですが、今回はどういうきっかけで一人暮らしをすることになったのかの描写もなくいきなり家を買うところから始まったので何が何やらでした。


ケケラとベロバの願い

 今回ケケラとベロバの願いが明かされましたが、それぞれ「理想の笑いを得るまでこの世界に存在できる権利」「理想の不幸を見るまで、この世界に存在できる権利」というグランドエンドで消えないための願いでした。
願いの内容が「自分自身が何かを成し遂げたい」系の願いではないあたりあくまで傍観者という姿勢は変える気がないようですが、なんでわざわざ条件付きにしたんですかね。言葉通りとるならば、自分が満足できる笑いや不幸を見ることができたときには存在できなくなって消滅してしまう気がするんですが。
もしかしたら本当に消える気なのかもしれないけど、未来人の考えることはわからんですね。

 

ミニジャマト農家

 雰囲気変わりすぎてて一瞬誰かと思いましたが、大智が細々とミニジャマトを生産していました。
次回予告に普通に人間の姿をした大智もいたので、このミニジャマトを育てていた大智は恐らくベロバが回収したIDコアを餌に育てられたジャマトが擬態したものですかね。
だとしたらベロバは何のためにこんな行動させてるのかは謎ですが。

 

さいごに

 今回のサブタイにもなっていた、英寿のいう「俺のデザグラ」ってなんなんでしょうね。英寿が求める世界を叶えるためにジャマトを倒していくって別にデザグラでもなんでもない気がするんですが…。
次回はずっと不遇続きだった景和が覚醒するらしいですが、創世の女神やたら敵視問題や自分の願いの矛盾問題が全然解決してないのに大丈夫なのかという思いしかないです。

 

 

 

 

仮面ライダーギーツ第38話「慕情F:九尾の白狐!」感想

前回分はこちら。

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ニラムが謀反を起こした理由

 今回ニラムが急にスエルに盾突きサマスに撃たれて退場しましたが、ここに来て彼はなぜ急にいいやつムーブをしだしたのかが理解できませんでした。
「ミツメを創世の女神として利用し、挙げ句ツムリを後継者にしたことをリアルと言えるのか」とスエルに言った点についても、後者はともかく前者はそもそもそれを知った上でデザイアグランプリを運営していたんじゃないのかと。あたかも今初めて知ったかのような言い方をしているのは違和感を覚えます。なんか散り際に味方っぽいムーブすれば人気出るんだろみたいな薄っぺらい思惑が見えて嫌でした。


IDコア争奪戦の意味

 先週の感想でも書きましたが、案の定IDコア集めはうやむやにされて終わりましたね。もうどうせこうなるんだったらわざわざやる意味ないんですよ。しかもこういう展開初めてじゃないですし。煽るだけ煽った展開しといてうやむやになりました~って流れ多すぎるんですよねギーツ。映画とかの予告詐欺と同じだし、何より引き出しが少なすぎる。


ミツメの声と姿

 英寿が長年待ち望んだ母親との再会という、曲がりなりにも重要なシーンなのに、母親の声が吹き替えなのはなんでなんだ…声やってる寺崎さんがそのままミツメの人間体も演じるのじゃダメだったんですかあれは…。
今回ミツメ役の人間体を演じた井咲さんがどうこうという訳じゃなく、口を開いているのに発している声と動きが合ってなくて、そもそも声と人間体の演者を別々の人に演じさせるのが見せ方として違和感でしかなかった。

あとこれも以前どこかで書いた気がしますが、これだけ最初の親であるミツメへの思いを描いている一方で、現世の浮世英寿の両親に対しての描写が皆無というのが不気味というか薄情というか。まるで現世の両親は本当の親じゃないといわんばかりのスルーぶり。

百歩譲ってミツメに対して歴代の親の中でも特別な感情を抱くのは分かりますが、せめて「今の両親にも感謝してるけど自分の最初の母親に会いたい」っていう素振りくらい見せないと却って不自然でしょ。
英寿周りの話の根幹が家族と関係なかったり、輪廻転生する設定じゃなかったりしたならここまでの違和感は感じなかったと思うんですけど、こういう設定の話だとどうしても引っ掛かるところです。

 

創世の力

 今回で、(力がどの程度制御できるのかはともかく)英寿もツムリも創世の力というトンデモ能力を得ていることが発覚してしまいました。これはすなわち、今後何が起こっても全て創世の力のせいにできてしまういわばデウスエクスマキナな訳で。

これまでもヴィジョンドライバー2本さえ手に入れれば創世の女神にアクセスしてやりたい放題ではありましたが、そのヴィジョンドライバー2本入手するというのが一応のハードルにはなっていました。
しかし、自由意志で動ける登場人物自身が創世の女神相当の能力を得てしまった以上、特定の道具を必要とするという制約もなくなったということに。


こうなると、主人公が何でも実現可能な能力持ってるんだから、いくら人が死のうが、物が壊れようがどうとでもなってしまうので、命や物の重みがこれまでより一層軽くなってしまった。
もしこの先ピンチの状況を作るなら、ツムリが敵に拐われて後継ぎの創世の女神となって英寿と創世の力のチート合戦するくらいですかね。そうなったら英寿とツムリ以外は蚊帳の外になるけど、見ていて楽しいんだろうかそれは…。まあ現時点では妄想の域を出ない話ではありますが。

 

さいごに

 もう運営も撤退したはずなのに、なぜか次回でまたデザグラが開催されてますね。
それと英寿が今回ミツメと誰もが幸せになれる世界を作ると約束したことで、いよいよ景和の存在意義がなくなってしまうけど大丈夫…?
ただでさえ慕情編も景和はろくに見せ場もなく、前回の感想に書いた創世の女神に対する態度や自身の願いの矛盾についての回答すら出していないのに。

 

 

 

仮面ライダーギーツ第37話「慕情Ⅴ:純白の破壊」感想

前回分はこちら。

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願いのおかわり

 ベロバとケケラがヴィジョンドライバーを返したのは、スエルの怒りに触れてゲートを閉じられてグランドエンドで消滅したくないからという理由でしたが、まるで制限時間間際のバイキングかのように創世の女神に追加のお願いをしてるのはスエルの怒りを買わないんだろうか。というか、そうポンポン願いを叶えられるだけのエネルギー(幸せ)はどこから集まってるの?願いを叶えるために犠牲者の幸せが必要だという割に、ポンポン願いを叶えるもんだから実に都合のいいふわふわした設定だなあと感じてしまう。

 

IDコア集めの行方

 トップ同点が2名のためにプレイヤー同士の争奪戦という形でサドンデスに移行。結局時間切れで景和が生き残って沙羅の分のIDコアを引き継いだことでトップ同点2名という構図は変わらず。なんかまたこれもうやむやになりそうですね。
仮にまたサドンデス続行で決着つけるとしても、景和がIDコアの所持数で勝つには英寿が持ってる分のIDコアを手に入れるしか道はない。英寿は運営と戦っててそれどころじゃないし、何かあるとすれば前述のベロバとケケラが追加で叶えた願いの影響で状況が変わるくらいか。
ともあれ、キツネ狩りにしてもデザスターにしてもこれにしても、これ最後どうなるんだろうっていう展開に限って最後までけりつけずにうやむやにする流れ繰り返すの本当やめてほしい。

一方今回のサドンデスを経て、祢音も沙羅もIDコアを砕かれたことでもう二度と仮面ライダーには変身できなくなった訳ですが、もはやこのルールすらなかったことにされるんじゃないかと思っていたり。沙羅はともかく祢音が今後一切変身しないというのは考えにくいし。
ギーツのことだからまたちゃぶ台返ししてルールごと塗り替えるんだろうなあと思うとなんか悲しくなる。


女神を敵視し続ける景和

 今回一番引っ掛かったのは、景和の態度について。景和の願いが退場者や犠牲者を救うことだということ自体は理解できるんです。
しかし、
(1)創世の女神に対する異様な敵対心
(2)景和の願いを叶えても他の犠牲者が出ることから目を背けていること
の2点についてはどうも理解できなくて。
まず(1)について、景和は創世の女神に対してまるで彼女が悪逆無道の限りをつくしたような口振りで話してますが、景和視点でそう断定できる根拠ってどこにあるんですかね?これが「創世の女神も運営もどっちも悪い!」みたいな感じだったら多少分からなくもないんですけど、運営に対しては何も言及せず創世の女神だけを目の敵にしているのはあまりに視野が狭すぎではと思ってしまう。
(2)についても、今回の道長との会話で「そんなことをしても他の犠牲者が出るだけ」とか「理想を願えば別の不幸を生むだけ」と言われているのに、それに対するアンサーがなく「幸せを願って何が悪い」と開き直っている。
その上ウィンから英寿誕生の経緯を聞いたときに「女神の力を利用してシステムを作り上げたのはデザグラの運営だ。女神に罪はない」と言われても景和の態度は変わらない。
なんか景和はどんどんおつむ足りないキャラになっていってて目も当てられないです。デザスター編で祢音が騙そうとしたときは割と頭切れてたのに…今の景和を見てるとまるで去年の大二を見ているようでなんとも言えない気持ちになる。制作陣は景和をどういうキャラにしたいのか…

 

さいごに

 ブーストマークⅢバックルが「そのとき不思議なことが起こった」で無から生まれたのはなあ…
そもそもなんで唐突に生まれたのかも気になるところですが、せめて崩壊した創世の女神の破片から生まれるとかもう少しやりようはあっただろうと思うんですよね。