ちらしのうらのせかい

特撮のことから日常のあれこれまで、気ままに綴っていきます

仮面ライダーセイバー第22章「それでも人を、救いたい。」感想

前回分はこちら。

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次回分はこちら。

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尾上の動向とソードオブロゴス

 前回大秦寺がソードオブロゴスから離反し飛羽真側についた一方で、もう一人の年長組である尾上がどう動くかというところが気になっていた今回。
尾上が息子のそらに、飛羽真はソードオブロゴスを辞めたのに父上はなぜ辞めないのか、なぜ飛羽真と一緒に戦わないのか?と問われたのに対し、尾上はそらの未来や若い剣士を守るため、そのためには仲間が必要だからと答えていましたが、個人的にこれって前半部分と後半部分が噛み合ってないように感じるんですよね。前半部分は離反することでそらを人質にとられたり、ソードオブロゴスを一枚岩の存在として見てしまってる倫太郎や戦闘狂の蓮を放置してソードオブロゴスを離れると何が起きるか分からないという懸念は拭えないという意味で理解できるのですが、後半部分は正直言っている意味がよく分からなくて。

仲間が必要だからという理由なら飛羽真側につかない理由にはならないし、むしろ神代玲花に疑念も抱えつつソフィアも行方不明で倫太郎と蓮の情緒もヤバい状態の今、それは飛羽真側につく理由なのではとすら思ってしまう。
あとソードオブロゴスを辞めない理由として生活面(収入源がなくなる)に触れていなかったのも、明確に家族が描写されている尾上だからこそ言えることだと思うので個人的にはモヤるポイント。ソードオブロゴスってボランティアなの?

結果として今回尾上にさほど動きはなく強いて言えばキングオブアーサーを回収したくらいに留まりちょっと拍子抜けな一方、後述のゲスト周りの話の方がまとまりがあったように感じました。

 

まあここ最近で、「世界を救うためには人間の犠牲もやむなし」とするソードオブロゴスと「今の世界は人が作っているから世界を守ることは人間を守ることと等しい」とする飛羽真組の対立という構図になったのは以前と比べると見やすくなった部分ではあると思います。

というか、1クール目と2クール目の展開逆にした方がどう考えても流れが自然な気がするのは気のせいでしょうか?最初に飛羽真とユーリがバディ組むところから始まって、ソードオブロゴスの剣士たちは最初飛羽真の聖剣やライドブックを狙うが、戦ううちにソードオブロゴスに疑念を抱き飛羽真に心動かされてソードオブロゴスを離反し飛羽真たちの仲間になる、みたいな。

 

人とメギドの分離

  前回に引き続きゲストの伊本姉妹。彼女らは双子のフードファイターとして活躍する中で、双子というところを強く押し出されるあまり、何から何まで合わせないと価値がないと言われていました。
そんな二人がカリュブディスメギドに取り込まれたことで、光の剣でも分離は不可能になったというのはぶっちゃけ理屈としてはよくわからんといえばそうなんですがそこはそういう特別なメギドだと飲み込むとして、その突破口として双子でも一人ひとりが別々の夢や未来を持った価値ある存在であることを自覚させることで「何もかも全く同じ人間」という状態を崩し分離を可能にするというのは割と納得感あるやり方だと思います。

 

 

 次回はセイバーの暴走フォーム、プリミティブドラゴンが登場。去年のメタルクラスタ相当のフォームですが、暴走フォームにつきものの「どう制御するか」というところは気になりますね。

まあそれはそれとして、2クール目に入ってからというもの倫太郎がろくに変身する機会もなく、ソードオブロゴスのことになると瞬間湯沸かし器になるようなキャラに成り下がってしまい扱いがあんまりなので、なんとかしてほしいところ。